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御祭神・由緒

御祭神について

健田須賀神社には、武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)と 須佐之男命(すさのおのみこと)の二柱をお祀りしています。

武渟川別命 (たけぬなかわわけのみこと)

延喜式内社として古来より崇敬される健田社の御祭神であり、 開拓・武運・まちの守護にご神徳があると伝えられています。

  • 家内安全、交通安全
  • 商売繁盛、社運隆昌
  • 開運除災招福

須佐之男命 (すさのおのみこと)

荒ぶる力を鎮め、人々を災いから守る神として、 厄除けや病気平癒、災厄消除のご神徳で知られる神さまです。

  • 厄除、方位除
  • 身体健全、病気平癒
  • 災難除

御神木を思わせる大きな木のイメージ(デモ画像)

健田須賀神社の由緒

健田須賀神社は、延喜式神名帳にも名を連ねる古社であり、 結城家の氏神としても厚い崇敬を受けてきました。

結城のまちが城下町として栄える以前からこの地に鎮まり、 まちの歴史とともに、さまざまな祭祀・行事が受け継がれてきました。

  • 古代

    健田神社は延喜式神名帳に「健田社」として記されており、 古くからこの地に鎮座していたと伝えられます。

  • 中世〜近世

    須賀神社は結城家の氏神として、城下町の形成とともに信仰が広まり、 まちの守護神として多くの崇敬を集めました。

  • 近代

    健田神社と須賀神社が合祀され県社となり、地域を代表する神社となりました。

  • 現代

    結城紬の産地、歴史ある城下町結城総鎮守として初詣をはじめ、 夏季大祭など多くの方が参拝されております。

こうした長い歴史のなかで、人々の暮らしと祈りが積み重なり、 現在の健田須賀神社の姿があります。

祭礼の提灯をイメージした写真(デモ画像)

結城のまちと健田須賀神社

健田須賀神社は明治3年に健田神社と須賀神社が現在の地に合祀されました

健田神社
御祭神  武渟川別命 タケヌナカワワケノミコト
御神徳  健康・交通・開拓・導き・災難除け

創建は大変古く、現在の地より2キロ程東南の古代より霊峰筑波山を拝するのに素晴らしい地にあり、 そこで祭りを行ったことより日の出から暦を察した場所と考えられます。やがて神社の様相をあらわし、 結城の国造竹田臣の祖神武渟川別命を祀りました。日本最古の公式記録集『延喜式』(927)には 下総国11社の一つに記されている延喜式内社です。以後宝暦14年(1764)乗国寺と習合し、 明治3年神仏分離により須賀神社と合祀されました。

須賀神社
御祭神  須佐之男命 スサノオノミコト
御神徳  厄除・方位除・病気平癒・縁結び・必勝

結城家初代朝光公が仁治3年(1242)尾張国津島神社より御神霊を勧請し、 結城家第一の氏神として手厚く祀られ、結城家の繁栄と民衆の安泰を祈り、 結城の産土神として崇敬されました。特に康永2年(1343)結城家7代直朝公が結城七社を定め、 結城108郷の総社として盛観を極めました。結城家18代秀康公(徳川家康次男)は福井移封後も家臣を遣わし、崇敬されました。 また江戸時代までは須賀神社を天王宮とも申しました。御祭神須佐之男命はインドの祇園精舎の守護神である牛頭天王と習合されております。 牛頭天王は丑寅すなわち鬼門を睨む邪気除けの強い神です。このことから結城城鬼門除けの社として、歴代城主より崇敬されました。 9世紀より始まる祇園御霊会(現在の祇園祭・夏祭り)は神輿を迎えて牛頭天王を祀り、 疫病や災害の原因である怨霊を鎮めたことが起源とされており、当社夏祭り(夏季大祭)も鎌倉時代より脈々と続き氏子町内を神輿で渡御し、 市民の安泰と無病息災を祈念しております。

参道と石畳のイメージ(デモ画像)